2017年4月27日木曜日

東京で何にもなれなかった女の子の話

前に進まなくてはならない。

おそらく今私は人生の分岐点に立っているんだろう。
東京に上京したのは5年と少し前の22歳の春だった。もともと常識と社会性にも欠いた人間性の私は学生時代から顔を出すコミュニティではことごとく浮いてしまい、自分が発言したあとに必ず流れる白けきった空気を肌で感じながら日々暮らしていた。その自覚があるにも関わらず自分が浮いてしまうのはアーティスティックで特別な人間だからだと信じ込んでいたし、田舎のやつらには文化を理解するだけの知性が足らないのだとすら思い込んで自分のスタンスを変える気もないままだった。今考えるとそこまで浮いていなかった、というよりは、単純に楽しいことを楽しむ能力のある人たちの目には留らない、なんてことはないオケラみたいな存在だったんだと思う。

絵を描いたり音楽を聴いたりすることが好きだった私は自分を個性的でクールな人間だと思い込みたかったし、東京に出てくる時にはそりゃもう私が輝ける場所がいくらでもあるんだろうと、妄想を膨らませてニヤニヤしていた。田舎によくいる恋愛・結婚こそが幸せだと思い込んでいるクソみたいなやつらには分からないような幸せを味わえるに決まっているし、私の特別な価値を分かってくれるクールな人々がたくさん居るに違いないと。更に言うと上京の理由はずっとしたかった輸入雑貨の仕事を得たことだったので、これにも興奮しきっていた。

実際に入社してみるとそこには今まで会ったことのない種類の大人たちがいた。田舎には存在しない、おしゃれに歳を重ねている男女たち。地元の大学では会ったことのない考え方を持った同年代の女の子たち。こんな人たちがいるのかと、未知と遭遇した気分だったし、その中で仕事をしている自分も最高にクールに違いないと思った。洗練された商品の数々に彩られたショールームは、たった今田舎から出てきた私には見とれてしまうほど本当に魅力的で素敵に見えた。
ところが仕事はかなりハードで、オシャレでかっこいいアピアランスとは異なりマジで泥水を啜るような業務だらけで、多くの社員が終電間近まで残業をしながら、頭を抱え、精神を病みながら、疲れ果てた心身に鞭を打ちながら必死に仕事をしていた。わ〜なんかオシャレでかっこよくて最高じゃんぐらいの気持ちを持ってちゃらんぽらんな仕事をし、会社への貢献意識も自分の成長への目的意識も何も無かった私はなかば逃げ出すようなかたちで仕事を辞めた。辞める時は本当に最低最悪の気分になったし、上司も同じ気持ちだったと思う。

幸い次の仕事はすぐに決まった。その会社で今も働いている。ここでも相当アンプロフェッショナルな理由(※失恋)で鬱になり休職、色々あって本気で辞職を考えた。毎日毎日希死念慮に取り憑かれ、自殺の方法をググっては実行する勇気があるわけもなく、目の前の電車に飛び込む勇気があれば社会にもこれ以上迷惑をかけずに済む、楽になると思っていたし、色々な人に100回は「もう自殺しか残ってない」と言ったと思う。冗談抜きで。つくづくウンコみたいな人間だ。しかし皆さんの予想通りこういうやつに限ってゴキブリ並みに生命力があるので、私の肉体は思考とはうらはらにいつまでもピンピンしていた。
会社の皆さんは本当に優しく理解のある素晴らしい大人ばかりだったので、薬漬けのゴミクソみたいなコンディションの私に社会的居場所を与え、生活力を取り戻すための猶予期間を与えてくれた。それも、皆が皆私に何があったかを薄々分かっていながら、一切の色眼鏡を抜きにして優しく見守っていてくれたのだから幸運としか言いようがない。「薬や病院は将来的にあなたのためにならないから、できるだけ行かないようにした方が良いよ。そういう人だってレッテルを貼られて、仕事を任せてもらうことができなくなる前に」という上司のアドバイスは、とても的確だったと今も思う。私は薬を徐々に減らし、何とか仕事が出来るまでに回復した。そして、社内で私が私の望んだ方向へ進めるように協力してくれる上司も、確かに居た。どんなに泣きながら自分の人生を呪う言葉を吐き出すだけの生産性がない時間でも、辛抱強く隣で話を聞いてくれた。会社の皆さんには感謝しても仕切れない。

自分でもなんとなくこうなると分かっていた選択の連続から発生した当然とも言える大失敗で自分自身もズタボロになって、目の前が真っ暗になって、進む道はおろか自分がいる場所も分からなくなって、大切な人たちに多大な迷惑をかけまくりながらも、紆余曲折があって今はニューヨークにきています。(仕事です)聞こえだけでもロマンチックすぎる街に行くことが決まって私の心はときめいた。きっとニューヨークに行ったら素敵な出会いだってたくさんあるんだろうな、せっかくだし現地のアートシーンも体感したい、そこできっと色んなクリエイターたちとも会えて。素敵なルーフトップバーとか行っちゃって。それでそれで・・・

なんて想像を膨らませながら狭っ苦しいエコノミークラスで飛ぶこと12時間。空港からロングアイランド鉄道に乗って滞在先のクイーンズへ向かうと、 信じられないぐらい庶民的で雑多な光景が広がっている。道に吐き捨てられたガムは日本の比ではなくそのせいで道は真っ黒に汚れ、汚水が高架の至る所から噴き出している。道は整備されていないのでガタガタ、とてもじゃないがヒールでは歩けない。日焼けした看板を掲げる安売りスーパーや異国の商店が建ち並び、色々な色の肌をした人々が行き交う駅前では話される言葉は英語の方が珍しいんじゃないかと思うぐらいだ。クイーンズを横切る7番の電車に乗っている人はやっぱり移民が多い。けれど、治安は東京の電車と大差がないように思う。皆が神妙な面持ちで、陽気な挨拶やほっぺにキスすることもなく、普通に出勤する。仕事を終えて家に帰る。テレビをみながらご飯を食べる。ジムで走る。洗濯は家の外のランドリーでしなければならない。朝起きて仕事に行く。繰り返す。何も起こらない。誰も私に気付くことはない。ただ、東京に居たときとほぼ変わりないスケジュールで、無慈悲に時間は過ぎて行く。

結局住むところを変えたぐらいで大きな変化なんて生まれるわけはないのだ。セックスアンドザシティみたいな暮らしも、アートシーンも、クリエイターたちも、ルーフトップバーも、今の私の世界には存在しようがない。ていうかそもそもキラキラしているのなんてタイムズスクエアのネオンぐらいで、それ以外はゴミ溜めみたいな汚い街なのだ。駅構内はどこもポイ捨てされたゴミだらけだし、ネズミがうようよいて気分が悪くなる。それに、ありとあらゆるものが東京で買う2〜3倍高いので必然的に生活は困窮する。さらには東京で見つかる予定だった「自分が輝ける場所」だって、探そうとしたことすらあったか疑問なぐらいだ。誰もがうらやむラグジュアリーなパーティー、クリエイターたちとのつながりとか、クラブのVIPルームだとか、そんなものは5年の東京暮らしで一度もなかった。結局自分が批判や白い目を向けられるのを恐れて何も行動できなかったからだし、私が描いていた「かっこいい東京にいるかっこいい自分像」なんてそんな薄っぺらなもんなのだ。私はといえばただ自分の境遇に文句を言いながら、クソ貧乏だったので日々の出費を10円単位でせこせこ削りながら、あ〜何か良い事起こんないかなぁつまんないの、と口をとんがらせて生活していた。絵だってほとんど描くこともなく、外界との関わりなんてせいぜい中野の小さなバーでくだ巻いてたぐらいだ(中野の飲み屋はどこも素晴らしくて、今も恋しい)。持て余した時間で勉強だって出来たはずなのに、いろんな資格だって取れたはずなのに、それも怠った。そしてのんべんだらりと27になってしまった今、私は「一生パートナーなんて見つからずに孤独なまま死ぬのだ」という強迫観念で再び異国の地で眠れなくなった。 あんなに見下していた「幸せ」に縛り付けられているのは結局私の方で、私がどこにも馴染めないのは特別だからなんかじゃなくて、ただ単につまらない奴だったからだった。そして、あんなにクリエイティブで素敵な街である東京で何にもなれなかった人間が、ニューヨークに来たぐらいで特別な何かになれるわけはない。それを認めることが出来るようになっただけでも、少しは救いだとも思うのだけれど。

ニューヨークに来てから色々な人と会う機会があったのは本当だ。ネイルの仕事がしてみたくて会社を辞めてニューヨークに飛び出してきちゃった、という日本人の女性は、もともと居た会社名を聞いたら世界的に展開する超有名大企業だった。その勇気ある選択と行動力には本当に感嘆した。
ところが話を聞いていると、数年前卵巣に疾患が見つかり、残念ながら子供を産めない体になってしまったという。「そのときは人生が終わったと思ったけれど、自分の人生を見直す良いきっかけになった。それからはいつ何があっても後悔がないように、したいことをしたい時にしようって思って生きてるんです。普通に結婚して子供を産んで家族を作るって思ってたけど、自分の身にいつ何が起こるかなんて分からないってよく分かったから。だからこの先も大丈夫って思ってるんです。皆も絶対大丈夫です。人間やろうと思えば、何歳からでもやり直せるんですから」と言って笑う顔は本当に穏やかだった。彼女に最初に会ったときから、背筋がピンと伸びた笑顔のきれいな人と思っていた。そんな人にそんなできごとがあったなんて、話してみるまでは夢にも思わなかった。
もう一人は、アメリカ人の旦那さんの両親と同居しているという日本人の女性。いつも明るい皆の人気者で、私にも親切丁寧に色々なことを教えてくれ、「何かあったら連絡してください。愚痴でもなんでもいいです」といって電話番号を教えてくれた。慣れない異国の地で緊張していた私は、その気遣いがとても嬉しかった。息子さんが高校を卒業したばかりだと言うので、旦那さんは何の仕事をしているのか尋ねてみると 「旦那さんはいないんです。6年前に亡くなってしまったので・・・」とちょっと困った顔をして答えた。旦那さんの両親と同居されているという話を聞いただけで、まったくそんなそぶりも見せていなかったので、てっきり旦那さんも同居していると思い込んでいた私はたじろいだ。聞けば、大病を患い30代で亡くなってしまったという。言葉もよく分からない国で仕事をしながら毎日病院に泊まりがけで看病をし、ひとり息子の世話もこなし、それでも発覚から4ヶ月あまりで亡くなってしまったそうだ。「10代で父親がいなくなった子供が一番かわいそうだなと思いますけどね。だけど夫の両親が支えてくれるから、私は本当に運が良いです」と言って、会話はなんてことはない世間話に移る。この人笑うと目がなくなるんだな、と思った。私はいまだに人がいる前で彼女が暗い顔をしたりするところを見たことがない。たった一度も。

2年前に本気で人生が終わってしまったと思った自分のことが思い出される。恥ずかしげもなく人前で泣いて、仕事をほっぽり出して、言ったところで何の解決にも至らない暗いことを言って、誰かが私を慰めて救ってくれるのをただ何もせずに座り込んで待っていた。ひょっとすると今もたいして本質は変わっていないのかもしれない。

けれど、行き交う人が皆、それぞれ厳しい道を歩んでいるのだ。きっと想像しているより何十倍もつらくて苦しい、乗り越えられそうもない問題を独りぼっちで処理して、ようやく飲みこんだと思えばまた新たな選択が立ちはだかるような、孤独で、でこぼこだらけの、真っ暗な道を。きっと、これがこの先何度も、死ぬまで続くんだろう。だけど、その道のところどころに素敵な花が咲いていたり、素敵な人とすれ違ったりするんだろう。先は全く見えないけれど、きっとそれは誰も同じなのだ。男でも女でも、何歳でも、結婚していても、子供がいても、独身でも、東京にいても、ニューヨークにいても。

もう終わりだ、自殺しかないなんて、この先絶対に口にするものではない。27歳、彼氏無し、この先何の計画も無い人生。その分岐点。結構ヤバい、いやかなりヤバいけど、五体満足で至って健康だし、仕事もある。上司にも恵まれている。幸い家族も元気に過ごしている。学生の頃から仲良くしてくれている友達もいれば、東京で知り合って仲良くしてくれる友達もいる。そして、こんなに良い機会と周りの環境に恵まれる、それだけの運がある。ずるずると27になってしまったけれど、過去を悔やんだところでティーンには戻れないのだ。だけど未来は変えることができる。

前に進まなくてはならない。

-MessyOLTokyo

2017年4月16日日曜日

Thoughts of a day -04/15


無事、滞在先に到着しました。
土日休みを頂いて月曜日から仕事の予定です。
日本のコンビニ文化はマジで素晴らしいし、日本の清潔さや利便性はどこに行っても最強なんだと思います。あとパブリックのトイレが少なすぎて頻尿にはツライです。
とても素敵なチョコレート屋さんのマネジャーのジョージさんはブラジル出身の陽気なおじさんで、来てから1番長く人と話しました。
話そうよ!どうせ誰もこねぇから!という斬新なアイスブレイク。
今のところ意地悪されたり辛いこともなく元気です。
気楽に頑張ります。
-MessyOLTokyo







2017年4月12日水曜日

Thoughts of these days and the one notice -4月上旬のまとめとお知らせ

会社の後輩がいい奴すぎる



Hey everyone, I mean, you still there? I'm very sorry it's been a long time since I posted last time. Here are some of my dumb excuses: I CAN NOT UPLOAD PHOTOS FROM MY SUPERCOOL IPHONE SE! I have to take photos and send them to my gmail then post 'em with my superduperold Macbook pro from 2010 and GOD it takes so much time! I was being so so lazy to be honest. I liked my old Chinese phone better only for that part(Ability of uploading photos on my blog). Besides that, I am so in love with my iPhone and I wish I could show my appreciation to Mr.Jobs in heaven. Well I don't really mean it.
Another excuse is, I'm flying out of Japan for business trip on this Friday for about 2 months. So I was pretty much spending recent days just going back and force from my apartment to shoppingmall in Ginza preparing for my traveling stuffs. I even went to Fukuoka last weekend to see my parents, made them serve me feasts, scare me by telling the marriage rate of the people from same generation in my hometown -which is why I had to finish packing the stuffs in a hurry as if I'm trying not to see the unexisted future of mine.
The last excuse is; My beloved washer died yesterday after 5 years of life. We were always together ever since I moved to Tokyo -And of course you want to break down 2DAYS BEFORE TAKING OFF. It was my first time running to coin-operated laundry in Tokyo, w/ 3 bags filled with soaked clothes. I'd say it was an experience. (Most Japanese people hold their own washer inhouse, it really is not expensive here) The sudden death made me refrain from writing the article of Amazing Salvation Mountain Tour with disappointment; but I think I got over its death already. Life is life. Adulting so hard.
 OKAY enough excuse-ing, Again I'm sorry I was not posting these days. I do hope to find the way to post photos from my phone, I'll try to figure it out. But at the same time, I have to announce the blog will pace down next 2-3 months because this business trip is really really important for me. I'll try to make time for drawing and post something maybe once in a while. Thank you very much for your reading and I do hope to catch up again soon!

最近ポストできておらずすみませんでした。会社の後輩と情緒不安定な選曲のカラオケしたりと割と元気ですが、親に会ったり買い物したりと忙しくしていました。
今週金曜から海外に長期出張に出ます。2ヶ月〜3ヶ月ほど留守にする予定です。
上述の通りなぜか新しく買ったiPhoneからブログに写真をアップすることができず、適当に絵を描いて撮って気楽にポストという行為ができなくなってしまいました。
アップロードまでの敷居が低いことが続けるための条件だと思うので、解決法を見つけられるようがんばります。
 不在時はゆうきちゃんが家の面倒を見てくれることになってとてもありがたいです。(iPhoneケースもくれてありがとう!)
現地での仕事が自分にとってとても大きな意味のあるものなので、出張中はブログはペースダウンしそうです。時々絵を描いてアップロードできるといいなと思います。
昨日、上京したときに親に買ってもらった洗濯機が不穏な音を立てながら止まり、何度やり直しても脱水をしてくれなくなってしまいました。
出国二日前の故障はすごくショッキングでした(心が折れてサルベーションマウンテンの記事を書き終えられず)が、家電が壊れるのは人生の転機の前兆みたいな話を聞いて少し前向きになれました。というか52リットル分いつも蓋が張り裂けそうなぐらい詰めまくって洗ってる私が悪い。
できるだけ洗濯物を増やしたくなかったので、この先めったに着そうにない服はないかと探したところ、インドネシアの民族衣装「バティック」があったので、それを着てコインランドリーに行きました。頂いたときは「いつ着よう」と真剣に悩みましたが活きるときがきたのでよかったです。ありがとう社長!

また近いうちに色々な報告ができる日を楽しみにしてます。

-MessyOLTokyo

2017年4月4日火曜日

Thoughts of a day -04/04

日曜の朝の空気が好きだ。先週は意識して早く起きるように努めた。部屋をあける準備をしなければならず、掃除機をかけて、布団カバーやシーツを洗濯した。部屋のいたるところに落ちている埃やごみを拾い集めながら、一体どれぐらいの人がこの部屋に出入りしたか考えていた。正式な人数は覚えていない。目を凝らすと窓から差す日差しに反射して埃がキラキラ光っていた。ぞうきんで床を磨いた。へこみや色あせがもう誤魔化すことができないほどになっていて、引っ越してきた当初はできるかぎり部屋のどの部分にも傷をつけないよう何をするにも抜き足差し足で行動していたことを思い出した。あれから5年が経った。22歳だった。27歳になった。

上京したときに福岡から持ってきていたベースギターはずっとスタンドにかけられたまま結局一度も電気を通すことすら無かった。大学生の頃バイトして貯めたお金で買ったフェンダージャパンのもので、鮮やかな青のボディをしていて、私らしい色だと思ったし、とてもお気に入りだった。もしかしたら誰かと音楽をするかもしれないからなんて思ったこともあったけれど、その日は迷うこと無くそいつをギターケースに突っ込んで、背中に背負って家を出た。覚えているよりもずっと重くて邪魔くさかった。こんなもの背負って博多や天神を得意げに闊歩していたとは、どうかしている。ドアを開けると外は穏やかに晴れていて、春のおとずれを肌で感じたけれど、まだまだ空気は刺すように冷たかった。

早稲田通り沿いに一軒ギターを売っているお店がある。ガラスでできたドアを手で押して入ると店主が奥から出てきた。元々中野ブロードウェイに入っていた楽器屋さんが移動したらしい。「ギターを売りたいんです」。自分の口から出た言葉があまりに流暢だったので驚いた。下手なコピーバンドをたくさんやったところで、手放すときに学生時代の思い出に浸るような感傷や迷いは一切湧かない程度のものなのだから、はじめから音楽なんて好きでもなんでもないのかもしれない。店主はギターを取り出すとアンプにつないで音が出るかをチェックし始めた。問題なく音は出ているように思えたけれど、店主は「こっち側のピックアップが壊れていて音が出ません」と下部のパーツを指差して教えてくれた。私はピックアップって何だっけ、どういう機能するところだっけ、とぼんやり考えていた。「修理する手間も考えて、6,000円で買い取ります」と申し訳なさそうに言われ、二つ返事で「それでいいです」と答えた。壁にずらりとならんだよく分からないボタンやツマミのついた機材たちを眺めて、昔はこんな得体のしれないものを見て、それだけでワクワクしていたなあと思い出したりした。

身軽になった足で、3ヶ月分のコンタクトレンズを作った。それから小さな花を買い、上野まで友人の絵の展示を観に行った。本人に会うことはできなかったけれど、こんなに美しい絵が思うように描けたら生きていくのはどんなに楽しいんだろうと疑問に思った。家路について、中野ですこし走ったあとは生活のための買い物をした。文具。食べ物。保湿ジェル。私のベースギターと引き換えに手元に残った6,000円は、一切の娯楽要素を省いた買い物できれいさっぱり無くなった。昔は6,000円なんて持っていたら漫画を買って雑誌も買ってカラオケに行って買い食いしても余るという夢のような大金だったけれど、自立して学習したのは、人間一人が生きて行くだけでもすごくお金がかかるということだ。確かに東京は刺激的で楽しい街かもしれない。お金が有り余っている人にとっては、きっとそういう場所なんだろう。

今日は運動をしたあと野菜と肉を買って、何ヶ月も使わずに持っていた固形ルーを使ってカレーを作った。冷蔵庫を空にしなければならず、持て余していた卵を茹でて、殻を剥いてカレーに落とした。お鍋いっぱいに作る水っぽいカレー。いつかまた誰かのためにこれを作る日が来るのかしら、と思いながらひとくち口に入れた。普通に美味しかった。ゆで卵が付いているのもなんだかリッチな感じで嬉しかった。幸せっていうものは、こんな程度でいいのかもしれないな。

最近更新と絵が少なくなってしまい申し訳ありません。。。
書きたいことはたくさんあるのですが時間が足りないというのが正直なところです。

-MessyOLTokyo

2017年4月1日土曜日

Thoughts of a day -04/01


出張を控えて会いたい人に会ったり家の中を片付けたり色々と準備を進めており、なかなか更新が出来ておらず申し訳ありません。
セッションめちゃくちゃおもしろくてむしろドン引きでした。
絶対映画館で観るべき1本。音楽も素晴らしいし、何しろ鬼気迫る演技が最高。ゆうきちゃんと放心状態でユジクをあとにしました。フレッチャー役のJKシモンズってかつてはアニメ声優だったのか。

そうだ!中野のタコシェで私の漫画を買ってくれたEvan Mintoさんというサンフランシスコ在住のライターさんがレビュー記事を書いてくれました!とっても丁寧に、嬉しいことをたくさん書いてくれてます。これがもうほんと、泣けるぐらい嬉しかったです。
最近あまり漫画を描いていなかったのですが、出先でも漫画作りは続けようと思えました。中身もちょっとだけ見られるのでもしよかったら読んでみてください! I've got the review of my zine from Evan Minto, who purchased my zine at Nakano Taco che. Thank you SO MUCH for the great article, Evan <3 It made my day!
Review: A Big Mess 2
Evan Minto(@VamptVo)(Evan MintoさんのTwitterアカウント)

iPhoneSEに変えたのですが、動作は五億倍ぐらいサクサクになったのに、なぜかブログの写真がアップロードできないという弊害が生じております。由々しき問題だ。

桜が咲いたら別れの季節がやってくる。

Chance The Rapper - Chain Smoker

-MessyOLTokyo

2017年3月30日木曜日

なぜ私は面識のないおじさんと砂漠で一日を過ごすことになったのか -A lovely day at Salvation mountain with the total stranger named Mike 2/3

サンディエゴから砂漠に向かって何もないところを運転しつづけるマイクさん。車内はあたりさわりのない焼き鳥トークで平和な空気になっているにも関わらず、まわりの風景は次第に殺伐としはじめる。私が滞在したNorth Parkはサンディエゴでも随一のヒップなエリアということでしゃれたコーヒー屋さんやら服屋さんが軒を連ねていたのだけれど、ほんの一時間のドライブで一切の面影もないぐらいまわりの風景は閑散として、誰も居ない街の商店街はことごとくシャッターが降りたとても寂しいものとなっていた。薄々感じていた既視感は地元福岡は飯塚の商店街のものに他ならなかった。「ここで暮らしている女の子を一人お客さんとして迎えたことがあるけれど、街のエンターテイメントはボウリングか映画のみらしい。彼女は18歳で既に妊娠していた」というマイクさん。田舎ってだけで面白いくらいどこの国でも同じことが起こっているんですね。
MessyOLTokyoちゃんは病的に頻尿なため、お手洗いを済ませておきたかった。「サルベーションマウンテンにトイレはありますか」と尋ねると「あるけどドン引きするぐらい汚いからここの街で行った方が良い」とマイクさん。大人しくその指示に従って閑散としたダウンタウンのスターバックスでトイレを借りた。「ようやく街にスターバックスができたのはすごく良い事だよ!」とマイクさん。


トイレを済ませいよいよ本腰をいれてサルベーションマウンテンを目指す私とマイクさん。何もない街を過ぎ、いよいよ砂漠らしくなってきたところでマイクさんがある提案をしてきた。「そういやこのあたりにUFOの修理をしている人がいるんだ。サルベーションマウンテンからそんなに遠くないからちょっとだけ見て行くのはどう?」えっ?UFO?修理?マイクさん、暑さのあまりおかしくなっちゃったのかと一瞬ひやりとするも表情から察するにどうやら彼は本気らしい。まあでも近いということなのでとりあえずは勧められるがままに行ってみることにした。




砂漠の真ん中を車は走る。マイクさんがハンドルを切ると車は岩以外に本当に何もない下道に降りた。こんなところにUFOの修理場なんてあるはずがないとある種の確信を得つつあった私はミギーが新一をはじめてかばった時みたいに「くッ、狂ったのか!?」とマイクさんを問いつめたかったが、下道に出てしばらくするとそこには本当にUFOらしきオブジェが続々と現れたのだ!UFOだけではなく、エイリアンや宇宙をテーマにしたらしい様々な芸術作品が所狭しとならんでいるではないか。なんなんだこの空間。混沌としている。ていうかなんでここでやろうと思ったんだろう。色んな疑問が湧いて出たけれど、とりあえず私たちは車を降りた。UFOのかたちの乗り物や不思議なデコレーションのされた車がたくさん停まっている。





砂漠の真ん中に何の脈絡もなく現れた不気味な作品の数々に私は思わず息をのんだ。マイクさんは「募金箱があるぞ、何ドルか入れてみよう」と言って設置された募金箱に手持ちの数ドルを突っ込んでいた。この募金でこの作家さんの生活が成り立ってるんですかね〜と話しているうちに、物陰からのそのそと人影が動く気配がした。そして私たちの方にゆっくりと近づいてきた!エイリアンの目のかたちのサングラスをかけた大きな体の彼こそが「コヨーテ」と呼ばれるこの芸術作品の作家であった。非日常すぎる出で立ちに硬直する私。構わず話しかけてくるコヨーテ。「オメェラよく来たな!この空間は宇宙につながってるのさ!もしお望みならUFOの中に入って記念撮影してもいいぜ!(意訳)」といったことを言っているようだった。危害を加えてきたりもなく、フレンドリーな人であるのは間違いないらしい。勧められるがままにUFOの中に入り記念撮影をする私、写真を撮ってくれたのはマイクさん。そして私の撮影が終わると今度はマイクさんがUFOの中に入り、私が写真を撮った。何なんだこれは。 


ひととおり写真撮影が終わるとコヨーテが私たちに話しかけてきた。マイクさんが着ているシャツを気に入ったらしい彼は「どこでそのシャツ買ったの?ていうかそのシャツって何色?教えて教えて。っていうかあんた、オシャレな上にすっげー良い匂いすんね」とサングラス越しにでも分かるほど焦点の合わない目で質問しまくっていた。怖すぎる...。対してマイクさんは「ありがとう、このシャツはショッピングモールで買ったんだ。色は、うん、見てのとおりに紫だよ。良い匂いなのは多分彼女だよ!」と平然と対話をしていた。コミュ力たけぇ!

そんなコヨーテとのコミュニケーションもほどほどに、作品を見せてくれた礼を言うと私たちは車に戻った。車のドアを閉めた瞬間にマイクさんが「クスリのやりすぎだ」と呟いていたのが印象的だった。ですよねー。続けて「だけどこれはきっと日本の旅行会社の人は知らない場所だよ!」と歯を見せて微笑む。いやローカルでも絶対知らねえよ!だけど砂漠の真ん中で全然しらないおじさんとUFOの中で写真撮影をし合うという異様な状況に私はこみあげる笑いを抑える事ができなかった。とにかく、気を取り直して私たちはサルベーションマウンテンに向かうことにした。

思ったより長くなってしまった!
第三弾に続きます。

-MessyOLTokyo

2017年3月27日月曜日

なぜ私は面識のないおじさんと砂漠で一日を過ごすことになったのか -A lovely day at Salvation mountain with the total stranger named Mike 1/3

少しでも私の事を知っている人ならば私の妙なまでの南カリフォルニアへの執着は見て取れると思うけれど、先日またしてもサンディエゴに旅行に行った。いつ何時訪れても心に水を打ったような平静が訪れる不思議な街だ。自分が置かれた境遇や、明日対峙しないといけない問題を一瞬でもすべて忘れることができる。年中気候がよく、海が近いのがいい。綺麗な海に行くためにはかなり遠出しないといけない街に住んでいる身としては、地平線に太陽が沈んで行くのを見ているだけでも全く退屈しない。

だけど美しい海でも温暖な気候でもなく、今回の旅の目的はサルベーションマウンテンとスラブシティへ行く事だった。なぜ行きたいと思うようになったかははっきり覚えていないけれど、砂漠の真ん中にある、たったひとりの人が三十年かけて作った神への愛のオブジェと、ヘンテコな人の集まる集落にどうしても私は行ってみたかった。色々調べてみたところ、加藤ミリヤと清水翔太がPVを撮った場所として日本では知名度が高いらしい。君に出会えてよかった!切ないけれどよかった!それが潜在的な訪問の動機ではないことを祈るばかりだが、写真を見る限りPVで使われるのも納得がいくようなカラフルで素敵な場所である。

しかし一つ問題があった。足が無い!サンディエゴから車で片道3時間ほどの砂漠のど真ん中に位置するサルベーションマウンテンに行くには、車を運転していくほかない。観光ツアーバスなどやっている会社が一社ぐらいあるだろうと探してみるも全く見つからない。恐らく現地の人たちはバスに乗るまでもなく仲間内の誰かが車を出してくれたりするからそんなもの必要ないんだろう。現地出身の友達にFacebookで、長距離を運転してもらえる代行や定額料金のUberのようなシステムがあるかを尋ねてみたところ「正直全く方法が思いつかない」という回答。どうやら一人旅が好きな(というか一緒に旅行に行く程仲の良い友達があんまりいない)ペーパードライバーには非常にハードルが高い場所であるのは間違いないらしい。
困った...。今が傷一つないゴールド免許を探り出し、8年間握っていないハンドルを握るべき時か。にしてもいきなり車線が逆なのは怖いなぁ...なんてぶつくさ言いながら懲りずに情報を探し続けていると、日本の旅行会社がサンディエゴ発着でサルベーションマウンテンとジュリアンを回るツアーを敢行しているのを発見した。思わず身を乗り出して詳細を見てみると、一人での参加だと550ドルで日本語ガイド+アップルパイひときれ付きという内容であった。550ドルだって!?思わず二度見した。約6万円を払って、安心の日本人による日本語ガイドに従って、アップルパイを食らって帰るという行為が果たしてその対価として相応しいのかは、正直言って甚だ疑問である。しかし、現状ではそれが唯一の方法のように思えた。これしかないのか...。いや、他になにかもっといい方法があるはずだと、私はしぶとく"San Diego Personal Driver"などのキーワードで検索を続けた。そこで目に留まったのがGold Coast Town Car Serviceという会社だった。普段はリムジンの手配なんかをしている会社らしく、公式WEBサイトを見るとワイナリーへの運転代行などもやっているようだ。正直まったくどんな会社か検討も付かなかったけれど藁をもつかむ思いで取りあえず連絡を取ってみる事にした。
「サルベーションマウンテンに料金を事前に決めて連れて行って頂く事は可能ですか?」とメールを入れると、Mikeと名乗る人物から「大丈夫です。一時間あたり60ドルで運転します」と即座に返信が来た。さらに「サンディエゴから片道2時間半ぐらいなので、観光時間も入れておよそ360ドルにチップを足した金額です」と連絡があった。ということは全部で400ドルぐらいか。日本語ツアーに比べると150ドルぐらい安くなる計算だ。


そして話を進めて行くうちに、ある質問が届いた。それは、「日本人ですか?(Are you Japanese?)」というものだった。全身がこわばるのが分かった。どういう意味だろう...。昔見たやたら古い映像からなる海外旅行時の注意喚起のビデオでは、 日本人というだけで平和ボケしたお金だけはやたらある愚鈍な人種として悪人やスリに目を付けられやすいということがしきりに指摘されていた。よく考えたら、ひ弱な女が全然知らない人の車に一人で乗り込んで砂漠へ向かうというシチュエーションってすごく危ないんじゃないか。声をあげたところで助けにきてくれる人もいない。砂漠で車から放り出されたら。全然目的地とちがう場所に連れていかれたら。起こりうる危険を想像したらなんだか自分が日本人である事実を隠したい気分にすらなったけれど、どのみちバレることなので「そうです、日本人です」と返したところ「Konbanwa!」というメールがきた。このフレンドリーな感じも罠なんじゃなかろうかという不安感を一層煽るものであった。


しかし、正直私の気持ちはマイクさんのメールから見て取れる誠実な対応にかなり傾きはじめていた。身も心もボロボロだったこの2年間、全てを失ったと思ったけれどなんとか人生を立て直し、もうすぐ自分の身に起こる大きな環境の変化に備えてのタイミングでの海外旅行だったのでなんだか気も大きくなっていたし、しばらくカリフォルニアには来られないということもあり、せっかくだから多少冒険してもいいのではという気持ちになっていた。400ドルケチって今のタイミングで行きたい場所に行かないよりは行った方が良いような気になり、思い切って正式にマイクさんに当日の運転をお願いすることにした。万が一これが罠だったとしてうっかり死んだとしてもそういう人生だったということだろうという変な開き直りすらあった。繰り返しますが私はただのド底辺貧乏OLで400ドルぽんと使うなんて普段じゃ絶対にあり得ません。だけど正直この2年間、この自暴自棄にも近い精神状態で色んな新しい現場に飛び出しては結構面白い目にあったので、ちょっとわくわくもしていた。マイクさんのサービスにかかるお金を考慮して、泊まる場所は現地に住んでいるこれまた全然面識のない女の子の家のリビングにある一泊20ドルのカウチをオンラインで予約した。これがびっくりするほど快適で、良い時代になったな〜と思った。

当日の朝は、 朝の8時に滞在先のアパートに迎えに来てもらう約束になっていた。7時50分ぐらいに外に出て5分ぐらい待つと、黒い車が向こうからやってくるのが見えた。私の目の前に停まり、スーツを着た白人男性が運転席から出てくる。ナイスミドルといった風貌のこの男性こそがマイクさんであった。目が合うなり「ヨロシクオネガイシマス」と頭を下げるマイクさん。アメリカではとても珍しい時間通りに施行されるサービス。


軽く挨拶を交わし、マイクさんが扉を開けてくれて助手席に乗り込むと、一日のプランを話し合う。サルベーションマウンテンからスラブシティへ回遊してほしいと告げ、車が走り出す。当たり障りの無い世間話や身の上話をしていると、マイクさんは7日間休みなく運転の仕事をしており、地元でもかなり人気があるそうで車に乗っている間もひっきりなしに予約の電話がかかってきていた。そして、話していくうちに一つ分かったことがあった。なんとマイクさんの奥さんは日本人だというのだ!すごい偶然。さらには滞在先から近い場所に住んでいるという。だから日本人ですか、なんて聞いてきたのか!と安心して一気に肩の力が抜けてしまい、そこから車内は一気になごやかになった。「焼き鳥とビールの組み合わせはうまい」「温泉とビールの組み合わせも素晴らしい」「焼き鳥は塩もたれもどっちもうまい」「飲んだあとに食べるラーメンは最高だ」といった話をした。どの国もサラリーマンの好きなものは同じであるらしい。


長くなるので第二弾に続きます。

-MessyOLTokyo